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札幌高等裁判所 昭和50年(ラ)2号 決定

抗告人 北海道生コン工業株式会社

訴訟代理人 今重一

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第一抗告人は、「原決定を取り消し、更に相当の裁判を求める。」旨申し立て、その理由として、別紙「抗告の理由」記載のとおり主張した。

第二そこで審案するに、

一  本件記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  本決定前文掲記の札幌地方裁判所昭和四九年(ヌ)第四〇号不動産強制競売事件において、強制競売の目的とされた債務者児玉幸雄所有の不動産は、別紙不動産目録(1) 、(2) 記載の二筆の土地であり(以下、同目録(1) 記載の土地を(1) の土地、同目録(2) 記載の土地を(2) の土地とそれぞれ略称し、(1) の土地と(2) の土地を一括して本件不動産と略称する。)、同裁判所は、昭和四九年六月一三日本件不動産についての強制競売手続開始決定をなし、同年同月一四日に本件不動産の管轄登記所に対して、強制競売申立登記の嘱託をし、これにより同年同月一五日に本件不動産登記簿に右登記の記入がなされた。

(二)  同裁判所は、競売期日の公告前職権により、本件不動産の換価方法として、競売に換えて入札払いを命じたが、最初に定めた入札期日(入札払いが命じられた場合の競落期日をいう、以下同様)には入札人がなく、第一回の新入札期日にも入札人がなかつたので昭和四九年一一月二九日に、入札期日を同年一二月一九日午前一〇時、競落期日を同年同月二四日午前一〇時とそれぞれ定め、最低入札価額を(1) の土地につき三七七万六〇〇〇円、(2) の土地につき五一一万四〇〇〇円とした第二回の新入札期日の公告を同裁判所の掲示板に同年一一月二九日、本件不動産所在地である札幌市の掲示板に同年一二月四日それぞれ掲示していた。なお同裁判所は、昭和四九年一一月二九日に同裁判所執行官に対し右公告にかかる入札期日の実施を命じた。

(三)  右公告にかゝる昭和四九年一二月一九日午前一〇時の入札期日を実施した札幌地方裁判所執行官は、同日午前一〇時二七分に入札の申出を催告したところ、抗告人は(1) の土地については入札価額を三七七万七〇〇〇円、(2) の土地については五一一万五〇〇〇円と記載した各入札書を右執行官に提出して入札をなし、これと同時に(1) の土地については三八万円、(2) の土地については五二万円の各入札保証金を右執行官に預けた。

右執行官は同日午前一一時二七分に入札申出を諦め切つたが右入札期日に適法な入札の申出をした者は抗告人のほかになく、右執行官は入札申出の締め切り後、入札人すなわち抗告人の面前で右入札書を開封してこれを朗読のうえ、抗告人を(1) の土地及び(2) の土地の各最高価入札人と決定して同日午後〇時五分入札を終局した。

(四)  ところで、件外佐藤留吉は、本件不動産競売事件の債権者康村太郎こと康太良を被告として札幌地方裁判所に対し本件強制執行について第三者異議の訴を提起するとともにその執行の停止を命ぜられたい旨を申し立て、これを理由あるものと認めて同裁判所が同年一二月二三日同人に二〇〇万円の保証を立てさせたうえで発した、「右強制執行は本案判決をなすに至るまでこれを停止する。」旨の決定(以下、これを本件強制執行停止決定という)の正本を、昭和四九年一二月二四日午前九時五〇分に本件不動産強制競売事件の執行裁判所としての札幌地方裁判所即ち原裁判所に提出した。本件強制執行停止決定においては、従前の執行行為の取消は命じられていない。

(五)  しかし原裁判所は同年同月同日午前一〇時に前記公告にかゝる競落期日を開いた。

そして、原裁判所は右期日において、前記記載のとおり、佐藤留吉から本件強制執行停止決定正本の提出があつたことにより競売手続を続行すべからざる場合にあたるとして、民訴法六七四条二項を適用して職権を以つて抗告人に対し、本件不動産の競落を許さない旨の決定を言渡した。

二  抗告人の抗告の理由は、前記のとおりであつて、明確を欠くところがないではないが、これを善解すると、その本旨は、要するに、前記一の(四)記載の本件強制執行停止決定のように一時的に強制執行を停止しておくことを目的とした裁判の正本の提出があつたからといつて、不動産強制競売の執行裁判所が最高価競買人又は最高価入札人に対し競落不許可の決定をするのは、右のような裁判の正本の提出があつたときは、「既ニ為シタル執行処分ヲ一時保持セシム可シ」とする民訴法五五一条後段の規定に反するものであり、また、最高価競買人又は最高価入札人の有する、特段の理由のない限りは、競売物件を取得し得る権利ないし地位を奪うことになつて不当であるから、執行裁判所としては前記のような裁判の正本の提出があつても、民訴法六七四条二項を適用して競落不許とすべきではなく、競落の許否を留保しておくべきであり、したがつて原裁判所が同条項を適用して本件競落不許可の決定をしたのは、違法である、というに在る。尤も抗告人は、抗告の理由の結びとして、前記一の(四)記載の本件強制執行停止決定正本の提出を受けた原裁判所としては、本件競売手続を競売期日の手続を終つたまゝの状態で停止しておくべきであつた旨主張し、この主張の中には、前記抗告の理由の本旨の主張のほかに、原裁判所が前記一の(五)前段記載のように競落期日を開いたこと自体を不当とする主張をも含んでいるかの如く認められるので、先ず、原裁判所が競落期日を開いたこと自体の当否を考察し、次いで前述の抗告の理由の本旨について判断することにする。

(一)  原裁判所が競落期日を開いたこと自体の当否について

前記一の(四)に記載の本件強制執行停止決定は、佐藤留吉が提起した第三者異議訴訟の受訴裁判所である札幌地方裁判所が、同人の申立により、民訴法五四九条四項、五四七条二項によつて為した裁判であつて、その内容に鑑み、右裁判は、同法五五〇条二号所定の「執行又ハ執行処分ノ一時ノ停止ヲ命シタル………裁判」にあたるものであること明らかであるが、同法同条冒頭にいう強制執行の「停止」とは、一般に、強制執行の開始の禁止及び既に為された執行処分の続行禁止を意味するものであるから、原裁判所が佐藤留吉から前記一の(四)記載のとおり、本件強制執行停止決定正本の提出があつたのにその後、前記一の(五)前段記載のとおり、競落期日を開いたのは、一見して、前記一の(一)ないし(三)に記載の既に為した執行処分を続行したものとして、同法同条に違反したかの如き観がないではない。しかしながら既に為された執行処分の後始末として、それに付随する行為をすることは、既に為された執行処分の続行にはあたらないものと解すべく、したがつて強制執行が停止されても、これを為すことは妨げられないものと解するのが相当のところ、競売期日又は入札期日の公告が為され、右公告にかかる競売期日又は入札期日の実施により、最高価競買人又は最高価入札人の決定という執行処分が既に為されているときに、執行裁判所がさきに公告した競落期日を開くことは、競落期日の前に、執行裁判所に民訴法五五〇条各号所定の書類の提出があつた場合であつても、既に為された右公告ないし執行処分の後始末をするために必要なことであるから、これを毫も妨げられないものといわなければならない。若し右の場合に競落期日を開くべきではないとするならば、公告のとおりに競落期日が開かれるものと信じて公告にかゝる競落期日の場所に出頭した競売手続の利害関係人や最高価競買人又は最高価入札人に迷惑をかけることは必至であり、その不当であることは、縷々説明するまでもない。右のとおりであるから、本件競売手続が前記一の(一)ないし(四)記載のような経過をたどつた以上、原裁判所が前記一の(五)前段記載のとおり公告にかゝる競落期日を開いたのは当然であつて毫も違法ではない。

(二)  抗告の理由の本旨について

民訴法五四九条、五四七条二項による裁判としての本件強制執行停止決定は、前記一の(四)に記載のとおり、本件強制執行を本案判決を為すに至るまで停止する旨命じているだけであつて、これに併せて既に為したる執行処分を取り消すべき旨を命じてはいない(因みに、民訴法五五〇条二号及び同法五五一条中「前条………二号ノ場合」についての規定によれば、一般に、「従前ノ執行行為ノ取消」は、「執行又ハ執行処分ノ一時停止ヲ命シタル………裁判」においてこれに併せて、又はこれが既に為されているときにのみ命じ得るものであることが窺われるが、「従前ノ執行行為ノ取消」にあたる同法五四七条二項による「其為シタル執行処分ヲ………取消ス可キヲ命スル」ことも、一般の場合にならい、「執行又ハ執行処分ノ一時ノ停止ヲ命シタル………裁判」にあたる同法五四七条二項による「判決ヲ為スニ至ルマテ………強制執行ヲ停止ス可キコトヲ命スル」裁判においてこれに併せて、又はこれが既に為されているときにのみ命じ得るものと解するのが相当である。尤も右のとおりとすると民訴法五四七条二項の文言中に現われる第二の「又ハ」は、これを字義どおり「又ハ」と解するよりは寧ろ「及ヒ」の趣旨に解すべきことになるが、民訴法上、同条同項と同種の規定である同法五〇〇条一項、五一二条一項、五一二条ノ二の一項の各文言と対比して見ても、右の解釈はなんら異とするには足らないものである。なお、民訴法五四七条二項の母法である独乙民訴法七六九条一項の文言中の、わが民訴法五四七条二項の文言中の第二の「又ハ」に該当する部分は、“und”であつて“order”ではないことも参考としてよいであろう)。他方、民訴法五五一条にいう「既ニ為シタル執行処分ヲ一時保持セシム可シ」とは、既に為したる執行処分を一時そのまゝ存続せしむべしということであつて、ひつきよう既に為したる執行処分を取り消してはならないということに帰する。即ち民訴法五五〇条二号所定の裁判の正本の提出があつても、執行機関としては、それが従前の執行行為の全部又は一部の取消を併せ命じた裁判の正本でない限りは、既に為したる執行処分の全部又はその一部を取り消すことは許されず(例えば、債権に対する強制執行において、取立命令が発せられた後に、同法同条二号所定の裁判の正本の提出があつても、執行裁判所としては、右裁判において取立命令の取消が併せ命じられていない限りは、取立命令を取り消すことは許されないのが、これである。)、唯独立した執行処分にはあたらないところの、後日為されるべき執行処分のための準備行為の取消を為し得る(例えば、本件のような不動産競売手続において、競売期日又は入札期日の公告の後、該期日の実施前に同法同条二号所定の裁判の正本の提出があつた場合、右競売期日又は入札期日の公告をすることは、独立の執行処分ではなく、後日為されるべき執行処分のための準備行為とみるのが相当であるから、右裁判において該期日の公告の取消を命じていなくとも、執行裁判所は右公告を取り消すことができるのが、これである。)のみである。しかるところ、不動産強制競売手続において競落期日に競落不許可の決定をすると、既に為された競売期日又は入札期日における最高価競買人又は最高価入札人の決定は、右競落不許可決定の確定により失効してしまう(民訴法六八四条参照)から執行裁判所が、競落期日の前に、民訴法五五〇条二号所定の裁判にして従前の執行行為の取消を併せ命じていないもの(以下「執行一時停止の裁判」というときは、かゝる裁判をいう)の正本の提出を受けた後に開く競落期日において、競落不許可の決定をするのは、最高価競買人又は最高価入札人の決定という執行処分を直接に取り消すものではないにせよ、それを失効させるものとして、民訴法五五一条の規定の趣旨に牴触するかのように見える。また、不動産強制競売手続において、競落期日の前に執行一時停止の裁判の正本の提出があつたとき、執行裁判所が競落不許可決定をすることにすると、法定の障碍事由がない限り、競落期日に競落許可決定を受けて競売物件を取得し得るという最高価競買人又は最高価入札人の権利を失わせるという一面があることも否定できない。しかしながら、執行機関に対して執行一時停止の裁判の正本の提出があつた場合、執行機関が民訴法五五〇条により、強制執行を停止すべきこと勿論であり、同法五五〇条冒頭にいう強制執行の「停止」とは前にも述べたとおり、一般に、強制執行の開始禁止のほか既に為された執行処分の続行禁止を意味するのであるから、不動産強制競売手続において、執行裁判所に執行一時停止の裁判の正本の提出があつたとき、それが同法六七二条一号後段にいう「執行ヲ続行ス可カラサルコト」あるときにあたることは文理上明白である。また執行裁判所が職権によつて競落不許可決定をすべき事由を定めた同法六七四条二項の但し書にいう「競売手続ノ停止ヲ為シタルトキ」とは、同法五五〇条各号所定の書類が執行裁判所に提出されたことにより同法同条の規定によつて強制執行としての競売手続の停止を為したときをいうものと解され、したがつて執行一時停止の裁判の正本が提出されることによつて競売手続を停止したときも、当然に同法六七四条二項但し書にいう「競売手続ノ停止ヲ為シタルトキ」にあたるものと解される。なお、不動産競売手続において執行一時停止の裁判の正本が執行裁判所に提出された場合、競落許可に対する利害関係人の、それに基づく異議の有無により、競落許否についての結論を異ならしめるべき合理的理由は全くないから、右の場合同法六七二条一号後段の「執行ヲ続行ス可カラサルコト」あるときにはあたるが、同法六七四条二項但し書にいう「競売手続ノ停止ヲ為シタルトキ」にはあたらないなどというようなことは到底考えられないことである。以上のとおりであるから、不動産強制競売の執行裁判所は、最高価競買人又は最高価入札人が決められている限り、競落期日までに(正確には、競落期日に競落許否についての決定を言渡す前までに、以下「競落期日までに」という場合は同様とする)、執行一時停止の裁判の正本の提出があつたとき(執行裁判所に対する右裁判の正本の提出は、競売期日又は入札期日の前であつたが、執行裁判所から執行官に対する競売期日又は入札期日の実施命令取消の処置が間に合わなかつたため、競売期日又は入札期日が実施され、最高価競買人又は最高価入札人が決まつてしまつたときを含む)は、同条各号所定のその他の書類の提出があつたときと同様に、同法六七四条、六七二条一号後段を適用して競落を不許可とすべく、同法六七七条一項により、その旨の決定を競落期日に言渡すべきものと解しなければならない。

しかして民訴法六七四条、六七二条一号後段、六七七条一項の規定は、不動産強制競売手続において、執行一時停止の裁判の正本が提出されたときであつても、執行裁判所は前段判示のように処理すべく規定するものであるという意味において、それは、民訴法五五〇条二号所定の裁判の正本の提出があつた場合の強制執行の取消についての一般規定である同法五五一条のうち「前条………第二号ノ場合」についての規定の例外として、その特別規定をなすものと解することができる。それ故、不動産強制競売手続において、競落期日までに執行一時停止の裁判の正本が提出されたときに、執行裁判所が競落期日に競落不許可の決定をすることが、前述のように、一見同法五五一条の規定の趣旨に牴触するかのように見えるとしても、それは民訴法上の前示特別規定の適用によるのであるから、なんら違法なものではない。

不動産競売手続において、競落期日までに、執行裁判所に、執行一時停止の裁判の正本が提出されたときに、執行裁判所は民訴法六七四条、六七二条一号後段を適用して、競落を不許可とすべきである、との前述の解釈は、以下説示するとおり、実質的にも妥当なものであつて、前述の解釈を変えなければならぬような理由は、これを見出し得ない。

思うに、不動産強制競売手続において適法に決定された最高価競買人又は最高価入札人は、民訴法六七五条所定の場合を除き、同法六七二条所定の事由がない限り、また競落許可についての利害関係人の異議がないときは、同法六七四条二項所定の事由がない限り、競落期日に競落許可決定を受け競売目的物件を排他的に取得することができ、その意味で一種の条件付権利を有するものである。しかし、その反面、最高価競買人又は最高価入札人は、競買申出価額又は入札価額の少くとも一〇分の一に相当する額の保証を現金又は有価証券でもつて執行官ないしは執行裁判所に預け入れているものであつて(民訴法六六四条、六六八条)、民訴法六七八条所定の場合のほかは、自己のした競買申出又は入札を取り消すことは許されず(国税徴収法一一四条によれば、国税滞納処分として換価に付した財産について最高価申込者の法定又は売却決定をした場合において滞納処分の続行の停止があつたときは、その停止している間は、その最高価申込者又は買受人はその入札等又は買受を取り消すことができることになつているが、かような規定の設けられていない民訴法上の不動産強制競売手続においては、執行裁判所に執行一時停止の裁判の正本の提出があつても、最高価競買人又は最高価入札人にその競買申出又は入札の取消権を認めることはできない。)、競落期日に競落許可決定を受けることができる場合は、必ずこれを受けなければならない。競落許可決定を受けながらそれが確定した後の代金支払期日に代金を支払わないと執行裁判所により競売目的不動産の再競売が命じられるが(同法六八八条一項)、その場合、前記の保証の返還を求めることはできず(同法同条五項)若し再競売の競落代価が最初の競落代価より低いときは不足額及び再競売手続の費用を負担させられる(同法同条六項)。最高価競買人又は最高価入札人が、以上のような責務を免れるのは、競落不許可決定が確定したときだけである(同法六八四条)。前記保証もその責務を免れなければ返還を受けることはできない。前記保証は、執行裁判所が保管金又は保管有価証券として保管しているものであるが(下級裁判所会計事務規定五〇条)、保管金たる保証が返還されることになつても利子は付けられない(明治二三年法律第一号保管金規則二条は、「保管金ハ法律勅令(この「勅令」は日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律二条一項により、「政令」と読み替えられる)又ハ従来ノ規則若クハ契約ニ依ルノ外利子ヲ付セス」とするが、競売の保証たる保管金につき、これが返還される場合に利子を付すべしとする法律、政令又は規則は制定されておらず、契約は固より存しない)。以上のとおりであつて、最高価競売人又は最高価入札人は、前述の条件付権利を有する反面、現に為されている保証の預け入れ、その他の責務を負つているものであるが、執行裁判所に執行一時停止の裁判の正本の提出があると、前述の条件付権利は条件不成就の虞れが具体的に発生したことにより、不確実なものとなる。即ち右の場合に、執行一時停止の裁判が後日取り消されるべきものなのか否か、あるいは執行一時停止の裁判の本案手続における本案についての判決その他の終局処理がいつ為されるのか、それがいかなる内容のものとなるのか等については、執行裁判所としても、最高価競売人又は最高価入札人としても、これに関与することができないことは勿論、それを予測することもできないのが一般である。右本案の判決等は、それが為されるまでに相当の長年月を要するやも知れないし、その内容が競売手続の続行を終局的に禁止するようなものとなるやも知れないのである。それ故、右の場合に、執行裁判所が競落期日に競落許否についての決定の言渡をするのを留保することにすると、全く自己の責に帰し得ない事由によつて、その有する前述の条件付権利が不確実なものになつてしまつた最高価競買人又は最高価入札人を、現に為されている保証の預け入れその他の責務を負担させたまゝ、長く競売手続に拘束しておくことになる。これは明らかに不当である。そもそも最高価競買人又は最高価入札人は、競売手続の当事者でもなければ利害関係人でもなく謂わば競売手続のための顧客である。右の場合に、競落許否についての決定の言渡を留保することは、競売手続のための、とらわれの顧客をつくることであり、顧客に前叙の不当を強いることである。これは、顧客を遇する道でもなければ、不動産強制競売制度の信用を維持する所以でもない。これに反し、右の場合に執行裁判所が競落期日を開いて競落不許可の決定を言渡すことにすれば、最高価競買人又は最高価入札人は、その確定により競落許否の決定の言渡が留保されたときに被るべき前説示の不当な拘束から解放され、保証の返還を受けることができるのみならず、後日において若し右競売手続が続行されることになつた暁は、再競売の場合と異なり、再び競買に加わゝることができるのであるから、競落不許可の決定が言渡されることによつて前記の不確実な権利を失つてもさしたる不利益を被るものということはできない。以上のように見てみると右の場合、競落期日に競落不許可の決定をする方が、競落許否についての決定を留保するよりも、妥当であり、最高価競買人又は最高価入札人にとつても、一般に、その方が有利であり、少くとも、その逆であるということはできない。勿論、各個の競売事件について言えば、例えば、後日の競売手続続行が期待できるとか、競買価額が時価に較べて低廉であるとか、競売物件の価格騰貴が予想されるとかいうような特殊な事情があるときは、競落期日に競落不許可の決定がなされるよりは、競落許否についての決定が留保される方が、最高価競買人や最高価入札人にとつて、有利であるか、あるいは有利に見えることは否定できない。しかしながら、競売手続の執行裁判所に執行一時停止の裁判の正本が提出された場合に、競落期日に競落不許可の決定をするのと、競落許否についての決定をするのを留保するのと、どちらが実質的に妥当であるか、一般的にどちらが最高価競買人又は最高価入札人にとつて有利であるかは、あくまでも、最高価競買人又は最高価入札人の有する法的地位に則してのみ考察され、考量されるべきことがらであつて、その際に各個の競売事件においてあるいは存し得べき特殊な事情を考慮に入れるべきではない。こゝ十数年来、不動産殊に土地の価格の急激な昂騰の時代を背景として、不動産競売手続において、執行一時停止の裁判の正本の提出があつたときは、競落期日に競落許否についての決定の言渡をするのを留保すべきであるとする、いくつかの高等裁判所裁判例を見たことは周知のとおりであり、抗告人の主張もこれにならうものであるが、かかる見解は、最高価競買人又は最高価入札人の法的地位のうち、権利の面のみを強調することに偏するか、あるいは各個の競売事件における特殊事情に傾斜するものというべく、当裁判所の左袒し得ないところである。

以上のとおりであるから原裁判所が前記一の(一)ないし(四)記載のような経過をたどつて進行した本件競売手続において、前記一の(五)記載のとおり本件競落不許可決定を言渡したのは適法であつて、抗告人の抗告の理由本旨の主張は採り得ない。

第三よつて、本件抗告は理由がないから、民訴法四一四条、三八四条一項に則りこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき同法九五条、八九条を各適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宮崎富哉 裁判官 長西英三 裁判官 山崎末記)

(別紙)

不動産目録

(1)  札幌市南区中の沢壱九七壱番

原野 参弐五〇弐平方メートル

(2)  同 上壱九七参番

原野 四四〇壱九平方メートル

抗告の理由

一、原決定は競落不許可決定の理由として、本件競売物件の所有権移転請求権仮登記権利者である佐藤留吉が、「札幌地方裁判所に対し、強制執行の目的物に対する第三者異議の訴を提起し、同裁判所から強制執行停止決定を得」て、「裁判所に右強制執行停止決定の正本を提出したから競売手続を続行すべからざる事由となる」から民訴法第六七四条第二項により競落を許さないことにした。というのである。

しかし、右決定は、民事訴訟法の解釈を誤つて、不許可決定をすべきでない場合に、不許可決定をしており、取消されるのを相当であると、思料する。

二 右決定理由は、要するに民事訴訟法第五四九条四項に基づいてなされた執行停止決定によるものということができるのであるが、右決定に基づく執行停止は本案たる第三者異議の訴訟が完結するまでの間、仮の処分として一時的に執行を停止しておくことを目的とするものである。

原決定が示す如く、民訴法第六七二条第一号後段によれば「執行を続行す可からざること」ある場合には競落許可につき、異議理由の存することになり、競落不許可とされるが如くである。

三 しかし、右条項につき、本件の如く、仮の処分としての執行停止決定である場合にも適用さるべきものと考えるのは妥当でない。

これを形式的に右の仮の処分にも適用あるべきものとするならば仮の処分としての一時的に執行を停止するものとする範囲を越え、競落不許可ということに確定するからである。

民訴法五五一条後段「執行処分ヲ一時保持セシム可シ」とは、この趣旨より出たものと考える。

四 競落不許可決定は、強制執行申立人にとつては、一時的停止の事態であり、その事由が解消された時点で新競売が開始されるものである。

ところが競売人にとつては、開始された強制執行手続を一時停止するにとどまらず、右手続から完全に排除される結果になるのである。

競買人、中でも最高価格競買人は競売手続を通じて売買契約の一方に立ち、保証金を納付する等して、売買の予約者の立場に立つものである。

そして、右最高価格競買人は、特段の理由のない限り、競売物件を取得しうる地位(権利)を確保しているのである。

ところで、右の地位を奪われる事由として、本件に問題になる仮の処分としての執行停止の場合を除外すれば法律の規定に反する競売手続がされた場合、競買人に物件取得の能力が欠除する等、相当の理由が存する場合である。

また、民訴法六七二条第一号に該当する他の場合を見てみると、法五五〇条第一号、三号、四号の如く、本来強制執行自体できなくなる場合であると考えられる。

本件の如く、仮の処分により一時的に執行を停止するものとは質的にも異なる事由であり、これらの場合には右に述べたような最高価格競買人の地位を奪うことにも、相当の妥当性が存するものと言わなければならない。

右の事由からみても、本件の場合に、競落不許可決定をすることは妥当性を欠くものである。

五 以上の通り、本件においては、前記異議事件が完結するまで競売事件を、競売期日の手続の終つたままの状態で停止しておくべきものと考え、即時抗告に及んだ。

(東京高裁昭和四三年八月一四日決定判例時報五四三号六三頁参照)

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